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小林秀雄の言葉 ( その49 ) [小林秀雄]

 濫読による浅薄な知識の堆積というものは、 濫読したいという向う見ずな欲望に燃えている限り、 人に害を与える様な力はない。 濫読欲も失って了った人が、 濫読の害など云々するのもおかしな事だ。 それに、僕の経験によると、 本が多過ぎて困るとこぼす学生は、大概本を中途止める癖がある。 濫読さえしていない。    「 読書について 」 11 - 八〇  (人生の鍛錬 P.74)
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小林秀雄の言葉 ( その48 ) [小林秀雄]

 僕は、高等学校時代、 妙な読書法を実行していた。 学校の往き還りに、 電車の中で読む本、 教室で窃かに読む本、 家で読む本、 という具合に区別して、 いつも数種の本を平行して読み進んでいる様にあんばいしていた。 まことに馬鹿気た次第であったが、 その当時の常軌を外れた知識欲とか好奇心とかは、 到底一つの本を読み了ってから他の本を開くという様な悠長な事を許さなかったのである。 「 読書について 」 11 - 八〇  (人生の鍛錬 P.74)
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小林秀雄の言葉 ( その47 ) [小林秀雄]

 独創的に書こう、 個性的に考えよう、 などといくら努力しても、 独創的な文学や個性的な思想が出来上るものではない。 あらゆる場合に自己に忠実だった人が、 結果として独創的な仕事をしたまでである。 そういう意味での自己というものは、 心理学が説明出来る様なものでもなし、 倫理学が教えられる様なものでもあるまい。 ましてや自己反省という様な空想的な仕事で達せられる様なものではない。 それは、実際の物事にぶつかり、 物事の微妙さに驚き、 複雑さに困却し、 習い覚えた 知識の如きは、肝腎要の役には立たぬと痛感し、 独力の工夫によって自分の力を試す、 そういう経験を重ねて着々と得られるものに他ならない。    「 疑惑Ⅰ 」 11 - 七七  (人生の鍛錬 P.73)
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小林秀雄の言葉 ( その46 ) [小林秀雄]

 過去の人間の真相は知り難いというが、 現在の人間の真相を知る方が、 もっと容易だとは言えまい。 更に又自分の真相とは一体どういうものだろう。 要するに凡そ物の真相とは、 人間が追求するが発見は出来ない或るものの様にも考えられるし、 発見はするが追求は出来ない或るもののようにも考えられる。 恐らくどちらも本当であろう。   「エーヴ・キューリー 「キューリー夫人伝」 11 - 五一 (人生の鍛錬 P.72)
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小林秀雄の言葉 ( その45 ) [小林秀雄]

 平和とは休戦期の異名だ、 と誰かが言った。 それは本当の様だが嘘である。 頭の中で平和と戦とを比較してみた人の理窟である。 だが実際の平和と実際の戦とは断然とした区別があるのではあるまいか。 人間は戦うまで戦というものがどういうものか知らぬ。 どんなに戦の予想に膨らんだ人もほんとうに剣をとって戦うまでは平和たらざるを得ない。 人間は戦う直前に何か知らない一線を飛び越える。    「 満州の印象 」 11 - 一九  (人生の鍛錬 P.72)
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小林秀雄の言葉 ( その44 ) [小林秀雄]

 僕等が自分達の性格に関する他人の評言が気に食わぬのは、 自分を一番よく知っているのは自分だという自惚れに依るのでは恐らくないだろう、 凡そ性格に関するはっきりした定義を恐れているのだ。 自分はどの様な人間にせよかくかくの人間だとどうしようもなく決められるその事を、 人性は何にもまして好まないのである。 僕等は他人の性格に関しては、 はっきりした知識を持った気でいる事が便利だが、自分白身の性格に関しては不得要領に構えているのが便利である。 いや便利と言うより、 己れの何物たるかをはっきりとは合点出来ない事が、 僕等の生きるに必要な条件かも知れない。   「 山本有三の 『 真実一路』 を廻って 」 10-二二八 (人生の鍛錬 P.68)
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小林秀雄の言葉 ( その43 ) [小林秀雄]

 事実は小説より奇だ、 これは実に本当の事である。 言語に絶する光景という様なものは、 なかなか日常見られるものではないと僕等は思い込んでいる。 ただそう思い込んでいるだけだ。 若し心を空しくして実生活を眺めたら、 日常生活も驚くべき危機に満ちている。
  「 山本有三の 『 真実一路』 を廻って 」 10-二二二 (人生の鍛錬 P.67)
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小林秀雄の言葉 ( その42 ) [小林秀雄]

 僕は非常に音楽が好きである。 だから、 演奏会では、 よくうとうと眠る。 笑う人もあるが、 河上徹太郎の様な音楽の造詣の深いのになると、 そんな風になると一人前だと言って褒めてくれる。 実際、 演奏会で音楽を聞いている状態は、 床の中で寝ようとする時の状態に酷似しているのであって、 言ってみれば絶対の屈従によって、 心の自由を獲得しょうとする状態なのである。
  「山木有三の 『 真実一路 』 を廻って 」 10-二一四 小林秀雄 (人生の鍛錬 P.67)
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小林秀雄の言葉 ( その41 ) [小林秀雄]

 非常時の政策というものはあるが、 非常時の思想というものは実はないのである。 強い思想は、 いつも尋常時に尋常に考え上げられた思想なのであって、 それが非常時に当っても一番有効に働くのだ。 いやそれを働かせねばならぬのだ。 常識というものは、人々が尋常時に永い事かかって慎重に築き上げた思想である。  「 支那より還りて 」 10 - 一七〇   小林秀雄 (人生の鍛錬 P.66)
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小林秀雄の言葉 ( その40) [小林秀雄]

「 私の眼は光っている。 だが私の心は暗いのだ 」 とチェホフが 「 手帖 」 のなかに書いていたのを昔読んだ事がある。 折にふれて心のなかに又新しく幾度でも甦る言葉というものがあるものだが、 僕にとってはそういう言葉の一つである。 僕の様な眼でも幾分ずつでも強く光って来る事は出来るのだ。 いや自ら努めて出来る事はそういう事だけだ。 併し心を明るくする事は出来ない。 そんな方法はないのである。  「 雑記 」 10 - 一二六   小林秀雄 (人生の鍛錬 P.66
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小林秀雄の言葉 ( その39 ) [小林秀雄]

 恋愛とは、 何を置いても行為であり、 意志である。 それは単に在るものではなく、 寧ろ人間が発見し、 発明し、 保持するものだ。 だから、 恋愛小説の傑作の美しさ、 真実さは、 例外なく男女が自分等の幸福を実現しょうとする誓言に基くのである。      「 志賀直哉論 」 10 - 一0八   小林秀雄 (人生の鍛錬 P.66)
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小林秀雄の言葉 ( その38 ) [小林秀雄]

 僕等はいつも知らず識らず愛情によって相手をはっきり掴んでいるのだ。 成る程、 僕等は相手を冷静に観察はするが、 相手にほんとうに魅力ある人間の姿を読む為には、 観察だけでは足りない。 愛情とか友情とか尊敬とかが要るので、そういうものが観察した人間の姿を明らかに浮びあがらせる言わば仕上げの役目をする。      「 志賀直哉論 」 10 - 一0五   小林秀雄 (人生の鍛錬 P.66)
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小林秀雄の言葉 ( その37 ) [小林秀雄]

 人生を解釈する上に非常に便利な思想というものは、 その便利さで身を滅ぼす。 便利さが新たな努力を麻痺させるからだ。
   「 志賀直哉論 」 10 - 一0一   小林秀雄 (人生の鍛錬 P.65)
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小林秀雄の言葉 ( その36 ) [小林秀雄]

 肉体の病人は、 ごく軽い病人でも、 健康を切望するものだが、 精神の病人は、 いくら精神が腐って来ても、 それに気が附かないだけの口実は用意する・・・・・・
   「 志賀直哉論 」 10 - 九五   小林秀雄 (人生の鍛錬 P.65)
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小林秀雄の言葉 ( その35 ) [小林秀雄]

 眼の前に一歩を踏み出す工夫に精神を集中している人が、 馬鹿と言われ、 卑怯と言われ乍ら終いには勝つであろう。 四百年も前にデカルトが 「 精神には懐疑、 実行には信念を 」 という一見馬鹿みたいな教えを書いた。 人々は困難な時勢にぶつかって、 はじめてそういう教えに人間の智慧の一切がある事を悟るのであるo
  「 文芸雑誌の行方 」 10 - 八八   小林秀雄 (人生の鍛錬 P.64)
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小林秀雄の言葉 ( その34 ) [小林秀雄]

 現代の言語が非常に乱れているのは周知の事だが、 一般生活者には言語が乱れていようがいまいが問題は起らぬ筈である。 何故かと言うと言語という社会の共有財産は、 幾時の時代でも社会の生活秩序と喰い違わない様に出来ているからだ。 混乱した社会に生活する人々は混乱した言葉を使っているのが一番便利なのである。
   「 言語の問題 」 7 - 一九九  小林秀雄 (人生の鍛錬 P.53)
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小林秀雄の言葉 ( その33 ) [小林秀雄]

 今日の若い作家達の教養の貧弱さは覆うべからざるものだ。 然し被等が教養の摂取を怠っている訳ではあるまい。 彼等の教養には、 教養を円熟させる何物かが欠けているのである。 例えば一時代前の作家が持っていた古典的趣味という様なものは、 作家の教養を成熟させる或る何物かであった。 以て教養を蓄積し、 以て蓄積された教養の開花を期するという、 言わば教養の根を、 今日の若い作家達は失って了ったのである。
   「 若き文学者の教養 」 7 - 一五一    小林秀雄 (人生の鍛錬 P.53)
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小林秀雄の言葉 ( その32 )  [小林秀雄]

 僕の接する学生諸君に、 愛読書は何かと聞いて、 はっきりした答えを得た事がありません。 愛読書を持つという事が大変困難になって来ています。 様々な傾向の本が周囲にあんまり多すぎる。 愛読書を持っていて、 これを溺読するという事は、 なかなか馬鹿にならない事で、 広く浅く読書して得られないものが、 深く狭い読書から得られるというのが、 通則なのであります。
   「現代の学生層」 7 - 一四四 小林秀雄 (人生の鍛錬 P.52)
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小林秀雄の言葉 ( その31 )  [小林秀雄]

 実生活を架空の国とするのは、 何も実生活を逃避する事を意味しない。 逃避しょうとしても附纏うものが実生活というものだからだ。 例えば実生活中の最大事件たる死というものを人間はいかにしても逃避出来ない事を考えてみればよい。 その意味で死は実生活の象徴である。 若し人間に思想の力がなかったならば、 人間は死を怖れる事すら出来ないのである。 というのは思想は死すら架空事とする力を持っているという証拠である。
   「文学者の思想と実生活」 7 - 一三一 小林秀雄 (人生の鍛錬 P.52)
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小林秀雄の言葉 ( その30 )  [小林秀雄]

  神経質で、 敏感で、 いつも自分がいい子になりたいと思っている奴は、 時とすると実によく相手の心持ちを見抜くものだ。 然し、 自分に関係のない事柄、 つまり、どっちにしたつて自分はいい子になってられるという場合には、 恐ろしく鈍感になるものだ。
  「批評家失格Ⅱ」3-35 小林秀雄 (人生の鍛錬 P.26)
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